2021-11-11

絵を描く前は辛かった!自殺願望から脱したお話しその1

こんばんは、油絵×心像画家の中西宇仁です^^

この類の話し関連の記事では、僕が絵を描き続けてきた中で自分が何を表現したいのか?

” 方向性を見つけるまで ”

のお話をしていこうと思います。

僕は、今まで生きてきた中で自殺を考えるほど辛い時期を迎えていたことがありました。
それまで、アートや絵に触れることもありませんでした。

その辛い時期を脱することができたのがアートなのですが
触れる前の話をまず先にしていこうと思います。

【 この記事シリーズの概要 】

油絵は、8年以上描いています。

” 心像画家 ” と、うたっているだけ

人が感じ取る(心)なにかを像(形)として表現しています。

今では、自分が何を描いていきたいのか?

” 方向性 ”

を意識し、独自の世界観を表現できるようになってきたと自負しています。

僕の作品を見て、


 
 エネルギーを感じる
 不思議な気持ちになる
 インスピレーションを感じる
 暖かい気持ちになる
 色彩の勉強になる

など、とても嬉しいご感想をいただきます。

展示会のお誘いや美術冊子、アート関連のサービスなど様々なお声がけを頂けるようになりました。

表現を追求することで自身と見つめ合う事が増えます。

ただ画力が上がるだけではなく人としての成長もあります。

物事の見方や感じ方も多種多様に変化します。

絵を描く事と出会わなければ今の自分はないし、ただ表面的なものに流される人生を送っていたと思います。

このような僕ですが最初から自分が表現したい方向が見えていたかというとそうではありません。

今の作品と油絵を始めた頃の作品を比べると別物です。

世界観を見出すまでには、葛藤や悩みの日々でした。

好きで生きがいであった絵を描くことに対しても、

” 楽しめない、辞めて楽になりたい ”

と、思うこともありました。

絵描きとしての ” 低迷期 ” ですね。

そこからどうやって道筋が見えるようになったのか?
その道筋を辿った結果、今日へと繋がります。

その過程のお話をしていこうと思います^^

今回は、その道に入る前のお話です。

ということで、プロローグ

【 プロローグ 】

僕は、絵に関しては独学です。

幼少の頃は、ノートにキャラクターやゲームに出てきそうや場面
ポケ◯モンの絵を描いていた記憶が未だに残っています。

小学校では、図工クラブといって何かしらの作品を作っていました。
( 確か、◯◯を作りましょう、と皆と同じものを作るよう教えがあったので
気に入らないとサボっていた記憶もあります。 )

成績は、数学や理科、体育が悪く美術や国語は良かったと思います。

未だに数字には弱いです^^;

美術の授業では、お花の絵を描く事があったのですが自分だけ完成するのが遅かったです。
授業が終わった後でも図工室に残り描いていたかな?

ようやく完成し、先生に見せると

「 これは、皆に見せるべきだ 」

と言い、ホームルームの時間でクラスの皆にお披露目してくれました。

一同: 「 すごい!、綺麗! 」

と、” 認めてくれました ”

学校の場合、特に運動が出来る人が注目を受けますが
運動が苦手な自分が初めて周りから認められた瞬間でした。

・・・

時は経て、成人となり新社会人としてスタートを切る事になりましたが
この時、絵を描くこともなくアートに対する関心も消えていました。

自分の部屋をより快適に過ごす為にアンティークや装飾などにも興味を持っていませんでした。

” クリエイティブに対し興味がなかった ”

そんな自分が当時ありました。

普段の生活としては、朝出勤して終電近くまで仕事。
( 1日14時間勤務くらいですかね )

酷いときでは、1週間のうち休日があるかないかのハードワークを送っていました。
( 月に300時間は超えていましたね )

帰宅中、駅のホームで電車が来るのを待ちながら
「 飛び込んだら楽になるよな・・・ 」

と、いつも思い浮かべていました。

1日の大半以上を仕事に費やしているとプライベートの時間がその分減り
何のために生きているのかわからなくなってきます。

お金は溜まるが使う時間がない。

やっとの休日になっても気力もなく暴飲暴食。

お酒で日頃の悩みや不安をごまかしていました。

その影響は体にも出てくるもので次第に大きくなっていきました。

肉体だけならまだしも、精神にも悪影響が現れはじめました。

まず、夜眠れなくなります。

まぶたを閉じていても頭の中がごちゃごちゃして気づくと陽が昇っていることもしょっちゅうでした。

「 寝ないと翌朝に影響しちゃう・・・ 」
と、焦りもでてくるので眠れないことに対してイライラすることもありました。

次に現れた影響は、腹痛です。

家を出る前は何ともなかったのが電車に乗った途端にお腹が痛くなる。

朝なので満員電車というのがまた圧迫感をかもしだす。

特急に乗ると停車駅が少ないのでその間は耐えなければなりません。

途中下車してトイレを済ますも、また電車に乗ると痛みが再発することもあったので
途中から各駅停車で移動することもありました。

気力が低下すると ” 思考力も低下 ” します。

今まで理解できていたものが理解しにくくなりました。

資料を読んでも意味が入って来ないんですよね。

それは、仕事にも大きく影響し進みも悪くなります。

進みが悪くなるとその分仕事が溜まります。

溜まるとその分退社が遅くなる。

家に帰っても寝れず、状態異常を持ち越しで次の日を迎える。

そして、またそれらを繰り返すという悪循環・・・

もうね、ただただ辛かったですね。

毎日動悸のような落ち着かない気持ちになり締め付けられるような苦しさ。

これらは、過去の話ですがこの記事を描いていると
よく生き残れたなぁ、、、と考え深くなります^^;

家で一人で泣いてましたね。

これはマズイと思い、精神科へ通い始めました。

診断名は、躁うつ。

現代病の1つであるうつ病ですね。

治療法は、服薬治療でした。

頭の回転を抑える薬なのですが効果はなかったですね。

” 頼みの綱である医療が効き目無かったわけです・・・ ”

まぁ~不安は増しますよ。

この先自分はどうなるのだろう
一生この状態が続くのかな?(;。;)

と未来が見えませんでした。

この時までは、アートに触れたり絵を描くことはまだありません。

きっかけとなった出来事があります。

それは、現場の人から

” アートセラピーに参加してみたら? ”

と、お誘いを受けたのが始まりです。

次回は、絵を描き始めたきっかけとなった
アートセラピーに参加した時のお話をしようと思います。

その絵を描くきっかけに出会わなければ今の僕は無かったです。

環境を変えたり思考を変えることもなく

真っ暗闇で足元は泥沼の道を変わらず歩んで不幸な人生を積み重ねていたと思います。

その泥沼から抜け出せたのがアートです。

物事には、点と点が繋がり結果が生まれます。

その結果も点となり先が生まれます。

今回のようなお話は、点と点を繋げていくことで
見えてくる内容なので隅まで読むことで意味がある話ですので
マイペースに読んでいただけたら幸いであります。

僕は、今まで生きてきた中で一番つらい時期を脱することができましたが
同じように苦しみ悩んでいる方は多いでしょう。

画家として活動をしておりますが、
アート関係なく、中西に話しても良いなと少しでも思うのであれば
声をかけてください。

何かしらお伝えできるものはあるので!!

では、また次回お会いしましょう^^

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